むやみやたらに作業用BGMを求める癖をやめたい。

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何か画像を付けないと関連記事のサムネが生まれないので、みゆきちゃんを。

表題。勉強をするにしろ、本を読むにしろ、記事を書くにしろ、あまつさえ就寝するにしろ、いつも自分は行動に際して作業用BGMなるものを欲しくてyoutubeで漁ったりするのですが、これが非常に無駄な時間であることを毎回感じます。



目当てのBGMを見つけるまで時間がかかりますし、探している途中で全然関係ない他の動画に興味が移って脱線しがち。そもそも、毎回その場で探すなんて馬鹿げていて、一つか二つお気に入りを決めて、それをずっと使えばいいのですが、自分の場合、一度聴くと『飽きる』のですよね。飽きると再生ボタンを押すまでが苦痛。そして、再生して一定時間立つまでも苦悶です。そこまで耐えれば、あとは大丈夫なんですが、そんな精神的負荷をまず許容しなくちゃいけないのは、しんどい。

結局Coffitivityが一番集中できると知っているのに、あんまり使わなくってしまっているのも偏に飽きてきているから。「音なんていらない!」と逆に耳栓を装着したこともありますが、これも飽きる。何もしない自然体も飽きる。飽きると集中ができない。やる気が起きない。とすれば、ひょっとしてこれは、やらない口実のために脳が飽きるという感情をでっち上げている?と考えたりもします。

この記事は、ベートーヴェンの『悲愴』を聴きながら書きました。クラシックは飽きにくい。ですが、やがて飽きます。

病的に飽きやすい人間なのにブログの更新が途絶えないのは奇跡?

いや、以前まで結構放置していましたし・・・。今は、でも、確かに。
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妄想屋@実家
ゲスト
妄想屋@実家
まぁそう言うのは波が有りますからね。
全体的に。

折り合い付けるしか無いかなぁ。
紅茶
ゲスト
紅茶
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波ですか・・・(__)

飽きについて考えることがあって、飽きが強い人と弱い人は、どこが違うんだろうとか、どうすれば、途中で投げ出さずに忍耐強くなれるだろうかとか。

ちなみに、前にもブログで書いたかもしれませんが、自分はどうしても集中したいときは(試験勉強や、あるいは読書も)専ら喫茶店とかに行っています。人の目と程よい雑音があると、飽きずに集中が持続するようです。
妄想屋@実家
ゲスト
妄想屋@実家
>人の目と雑音
それ実は理に適ってるらしいすよ。
勉強机をリビング(実家住まいの場合)に置くとか。
中高生とかは特に。

東大に3人合格させたって言う佐藤ママさんはそうしてるって言ってましたw
紅茶
ゲスト
紅茶
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>人の目と雑音
ある程度あったほうが、集中しやすいとは耳にしたことがあります。個人的に、図書館より喫茶店の方が好ましいのも、ここですね。

ただこの方法だと、結局家にいるときは、集中できないことに変わりないのが不便という・・・。何とかしたいと思って模索して、最近は、部屋のドアと窓を開けて外の音も入ってくる状態にすると、そこそこ引き締まることに気付きました。そこそこですけど(^^;

飽きると集中は、精確な対義語ではないと思うのですが、飽きにくい(集中しやすい)としても幾分は話が成立するところから、部分的には対義しているんでしょうかね(*_*)