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誤用を見過ごせない『ことば』の魔力。

今朝の朝日新聞の『折々の言葉』より。

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ほんまね><;;



たとえば『確信犯』は誤用の方がメジャーになってきていますけど、未だに自分は「でもこれ誤用なんだよなぁ・・・」と思ってしまい使用するのを避けてしまいます。

あと『憮然』も失望してぼんやりしている・・・というのがもともとの意味らしいですが、今は怒りや不満を表す意味の方として使われることが多くて、どうしたものかとモヤモヤ(;´Д`A “`

解説の最後に書いてある『忸怩』は、むしろ原義は知っていますけど、もどかしいという意味は初めて知りました。

そうそう本文には「他人の使い方が~」って書いてありますけど、自分の場合は他人だったらそんなに気にならないですね。自分がこうして文章を書くときに「この使い方は合っているのだろうか・・・?」とさんざん悩むタイプです。

どこで聞いたのかは忘れたのですが、太宰治も執筆するとき辞書が手放せなかったとか。

この表現は適切か、使い方は正しいか、などを神経質なまでに確かめていたそうです。

わかりみ(*_*)
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めっちゃ分かる(゚-゚)

僕は自分も他人も気になる(性質が悪い
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[色:0033FF]>>妄想屋さんへ[/色]
妄想屋さんもですか(゚-゚)

時に病的なほどに[太字]『ことば』[/太字]で悩んだりするんですけど、生産的・肯定的に考えれば、それくらい神経質に接している方が語彙力・文章力みたいなものは上がっていくのかなあとか。